内野町紹介��(「不意討ちの内野惜別」1番歌詞より)
楽団うちの大学の本拠地(ホームタウン=うちの・まち=内野町)を、楽団演歌「不意討ちの内野惜別」の歌詞でご紹介します。
歌詞には随所に内野町に関係する名称が登場します(→赤文字)。また、たくさんの「ウチノ」の文字が隠れています(→緑文字)。

鬱向きながら おまえをさがし 越後線終電内野[1]に降りて
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内野駅看板 内野駅全景 内野町の玄関口です。1日あたり平均2,772人が通勤や通学などで利用しています。越後線の新潟駅‐内野駅間は住宅地が多く、新潟駅発の上り列車の多くは内野駅で折り返し、下り列車となって再び新潟駅へ向かいます。今後、橋上駅舎への建て替えが検討されています。 |
愛慕の分離(ぶんり)[2] 睫毛に仕込み(西コミ)[3]
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日本文理高等学校 西コミ(新潟西コミュニティセンター) 2009年夏の甲子園で準優勝し、全国に「新潟旋風」を巻き起こした日本文理高です。野球部の練習は立見見学が出るほどです。 西コミには 会議室・体育館・調理室・図書館等があり、西内野地区の文化・交流施設です。楽団の練習もこの西コミを利用しています。 |
言い訳に志向(西高)[4]は舌打ち呑んで
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新潟西高校前バス停 (2010年3月撮影) 県立新潟西高等学校 (2010年3月撮影) 創立35周年を迎えた新潟西高。かつて校舎東側には田園地帯が広がっていましたが、現在では内野西が丘駅が造られ、住宅地が造成されています。楽団うちの大学の原点はこの西高吹奏楽部です。右の画像、建物4階が音楽室です。なぜか西高には夕陽がよく馴染みます。 |
待てども始発は〇五二六(まるごうにいろく) 新潟行き時刻 我、生き地獄
| 越後線内野駅 新潟行き(下り)の始発電車は05時26分です。内野駅周辺には、ビジネスホテルやネットカフェ等の店舗はありません。よって、誤って終電を降り過ごして内野駅に降りた場合は、タクシーで帰宅するか新潟大学付近のコンビニエンスストアで一夜を明かしながら05時26分の始発列車を待たなければなりません。 |
男 新川漁港[5]の岸壁と 散れる暴れ波
意地を刻んだ未練の傷に 迷う血の行き場
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新川漁港 新川漁港と新川大橋(仮称) 新川の河口にある新川漁港です。早朝から 漁師さんや釣り人が黙々と「海との対話」をしていました。画像はおだやかな港の風景ですが、冬になると日本海の荒波と暴風が防波堤・岸壁に吹き付け、強固なコンクリートをも侵食させます。 現在 往来橋で迂回している国道402号線(海岸道路)最後の未通区間に架かる『新川大橋』はほぼ完成し、接続道路の完成による2012年の開通を待っています(詳しくは「内野町紹介��」を参照ください)。 |
心から心から愛していたのに 己を殺して生きれと云うのか
悔しさと虚しさを隠し遁れて独り 内野四ツ角[6]から二番町へ下る
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内野四ツ角 信号機 内野四ツ角 全景 内野四ツ角から二番町方面を望む 内野のメイン交差点、内野四ツ角です。江南区(亀田)を出発した県道2号線はこの内野四ツ角を左折し、寺泊・長岡に向かいます。また、この交差点は県道2号線指定当初の起点(現在は新潟市江南区嘉木)であり、現在も県道16号線の終点です。亀田で分かれた県道2号線(黒埼経由)と県道16号線(関屋経由)は、この内野四ツ角で再会します。 なお、楽団演歌「不意討ちの内野惜別」の歌詞では、“内野四ツ角から二番町へ下る”という一文があります。通常の表現では、赤塚方面からは『…四番町→四ツ角→二番町…新潟』、槇尾方面からは『…七番町→四ツ角→二番町…新潟』なので、“内野四ツ角から二番町へ上る([ノボル]または[アガル])”が適切です。しかし、内野四ツ角から二番町・一番町方面は緩い下り坂が続いているので、「下る([クダル]または[サガル])」としています。県道同士は再会しますが、歌詞に登場する主人公は愛する人と再会できなかったようです。 ← 三日月橋(赤塚) 内野駅 → ← 内野駅 二番町(新潟) → ← 二番町(新潟) 西川橋(槇尾) → ← 西川橋(槇尾) 三日月橋 (赤塚)→ 越後線・新潟駅方面から内野駅で降りた西高生は、自転車か『内野四ツ角停留所』でバスに乗り換えて学校へ向かいます。早朝に撮影した画像のため、お店のシャッターが閉まっていますが、日中はどのお店も元気に営業中です。 |