(このページは、楽団うちの大学さんのサイトの一部をお借りして掲載しています)

× 青空になると、いいよね!15、一期、イチゴ… ×

 

 長風呂グ(ナガブログ)「恥更級日記(はじさらしなにっき)」

 そっちの長いかい〜

うちわらい まとめて更新企画(まとめて・手抜きです)

 通信課程・通信生の方へ/「2015年・春号」、お待たせしています。クロネコさんのメール便廃止が発送遅滞の原因ではありません。今回の通信掲載内容について、ある方面と調整がつき次第発送予定ですので、この拙文でもお読みいただきながらもうしばらくお待ちください。夏になる前には、何とか。

 「そらであおう企画」の方へ/もうすぐ待ち遠しい夏ですね。鉛色の長岡の空も、すっかり水色の空に変わりました。さて、春はいろいろいそがしく5月度の掲載は個人的な日記でごかんべんを。真っ青な空の写真も、ちょくちょく登場する(予定)よ。

 楽団うちの大学の方へ/過去には「回答する隙を与えない長文」との「ご評価」(“やる気が失せる”とのおなすりつけ)をいただいた最中局発の長文ですが、ご機嫌うるわしいようでしたらお読みいただければ幸いです。もちろん「やる気が失せて」も、知らんがな。終盤にはある楽団員さんも登場しますよ。

 

 上記3セクション(他にもまだあったかな?)、個人都合でそれぞれの情報発信が停滞気味で申し訳ありません。昨秋からいろいろやりたいことをやっていたら、時間がなくなっちゃいました。そこで埋め合わせに手抜きまとめ発信を思いついた次第です。楽団や企画にほとんど関係の無い個人のだらだら乱文日記の発信です。せっかく「楽団の私物化」とのお言葉を賜ったことでもありますし、今回は徹底的に「私物化」しようと思います。もちろんご批判も、徹底的にどうぞ。「コメント欄」と「ヨクナイネ!」は、ありません。

 

 恥更科日記「しまなみ旅行記」

  この形、「音叉」を思い出すことない?

 2015年5月3日夜、大阪行きの夜行バスに乗車するために長岡駅方面へ。この日の長岡市(旧市内)は成人式で、22時を過ぎてもまだ着慣れていないスーツに身を包んだ初々しい酔っ払い新成人があちこちに。そうしたら目の前を走っている新成人(たぶん泥酔状態)がいきなり転倒してアーケードの柱に激突!鈍い「ゴンッ!」という音にただならぬ事態を感じて駆け寄るも、彼はうずくまったまま… 救急車が必要か!?と直感したものの、その周辺にいた新成人仲間がすぐに駆けつけて救護し始めたので、13年前の古成人はここで退散。全く予期せぬ出来事と見知らぬ新成人に、長岡に若干の心配を残しつつバス乗車。バスに乗ったら即行で爆睡。世間は大型連休中ながらこの日の夕方まで仕事で、やっと飛び乗った感じで。それにしても最近の夜行バスは3列シートで結構ゆったり、どこでも眠れる私としてはかなりくつろげるねん。

 ウィラーさんの大阪発着といえば、ココ!「大阪におる」と実感する建物です。

 梅田スカイビル/発着で何度も利用していますが、展望部分には未踏。

 5月4日07時30分、大阪梅田着。路面は濡れているけど、天気は曇り、これからゆっくり回復傾向らしいけどどうなることか。梅田のバスセンターから地下道を通って大阪駅へ。朝方に大学の1コ上の先輩まっきーさんからメールが来てたみたい、なんでも以前私から送ったメールが迷惑メール2万通(!)に埋もれていたらしい。そこから奇跡的このタイミングで吸い上げてもらえたメール、思いもかけず松山で会えることになり、一気にテンションあがりました。大阪、そういえば「大阪都構想」の住民投票が近いんだっけ。この前来た時も何かの選挙が近かったけど、何やったろか?大阪駅で切符を買って、姫路行快速に乗車。この電車、時刻表をよく見ると敦賀発なんね。ということは、例えば金曜日に思いついて、その仕事終わりに特急と新幹線を乗り継いで敦賀まで入っていれば、土曜日の朝には大阪、昼には広島、新幹線使えば九州まで足を伸ばせるんやなぁといろいろ妄想。そのためには早く北陸新幹線が福井まで延伸しますように。「急行きたぐに」が無くなった現在、予約せずにふらっと関西へ旅行するにはとても有効な手段。後にも触れますが、私、この「予約」が非常に苦手ですねん。

 前方に外国人の団体さんがお座りでした。New watching!(Shin-kansen!)

 山陽新幹線/飛行機に乗ってるみたいに快適です。

 09時49分、姫路着。平成の大改修で白すぎるくらいに白くなった白過城もとい白鷺城(姫路城)は、駅からは見えないのね。早々と山陽新幹線に乗り換え。N700系は電源コンセント(AC電源)があってとっても便利、遠い旅に電源確保(充電)は重宝します。新幹線は早いね、あっという間に岡山に到着。下車…しません。四国へは岡山で乗り換えて、瀬戸内を渡るのが王道の手段なんけど、岡山はそんな「乗換地点」だけでは無い特別な思い入れのある場所でね。本州と四国に3本の橋(道路)が架かったけれど、代表的な連絡口はやっぱり岡山なのかな。ここで再び楽器を吹くことがあるのか無いのか、それを考えるだけでもわくわくする何とも情熱の地ですな。それから、高校の同期・まきこさまが住む街。どんな連休を過ごしているかなと思いながら福山へ到着。姫路では見えなかった「城」が駅の目前に!途中下車できれば寄りたいけど、今回はおあずけ。福山で乗り換えて、再び山陽本線。「瀬戸内ライナー」と書かれた列車は、古いけれどいい感じを出している車両。

  パっと見、バスみたいね。

 山陽線車内/見慣れない景色に遠くまで来たことを実感。

 10時50分、尾道到着。尾道といえば大林映画監督?坂の街といわれるほど、山が迫っているように見えます。おっ、いるいる!駅前で自転車を組み立てているたくさんのサイクリストが。今回の旅の目的地は私が学生時代に過ごした街・松山。その目的はたくさんあるのだけど、そのうちの1つであり最も困難と見込まれるのが「しまなみ(瀬戸内海)自転車横断」。広島県尾道(向島)から愛媛県今治まで、全約80kmを自転車で走破しようと思うわけです。ということで、さっそくサイクリングターミナル(レンタサイクル場)へ。

  「尾道の女」という歌謡曲があります。小野美智さん、実在するかしら?

 尾道駅到着/尾道いえば尾崎直道さんが思い浮かぶことありませんか?

 到着早々、施設全体が何とも不穏な空気、重い雰囲気… がっちり系の男性が電話で「やけ、電話で聞いた時には予約せんでも大丈夫と言うたろ!」「来たら全部出払ってて乗れんて、おかしいやろ!」と怒号にも似た声が。電話口の相手はだれなのかよくわからんけれど、その男性が以前に電話でどこかへ問い合わせた際には予約をしなくてもレンタル自転車は確保できるとの回答があったようで、実際に来たら全て貸し出し中で空いている自転車が無い(厳密に言えばあるのだけれども、それは予約車)、という状況らしい。現地の職員さんも困惑したような様子で。なるほど「貸し自転車ありますか?」聞くまでも無く(むしろ聞いたらこちらまでどやされそうな雰囲気)、事実は『いまここにはレンタル自転車は無い』ということだ。これは困ったな、1週間前から広島県の天気をチェックしていて、4日の天気は「雨」の予報でな、きっと雨具を着てのしまなみ横断になると思っていたわけで、まさか雨合羽を着てまでもレンタサイクルに乗るいう人はごく僅かだろうとたかをくくっていていたのだけども、意外に天気の変化が早くて3日のうちに雨は過ぎてしまって、本日快晴・絶好のサイクリング日和。もちろん私も予約はしていませんのでね、さあ困った。

  知る人ぞ知る「尾道城」、どこからも見えるシンボリックな存在だけに…長岡よりもプレッシャーかしら。

 尾道駅前/山の上には色々な意味で有名な「尾道城」も見えますね。

 貸し出しが無ければ、買おう!レンタルが無いのなら、変速無しの10,000円くらいの自転車を買って、しまなみを横断したら四国の友人にあげればいいやん、と短絡的ながらこの時点で思いつく最も有効な発想。とりあえず重い荷物バッグをコインロッカーにあずけて計画の立て直し。まずは尾道駅前のバス路線図を見て、イオン、フジ(グラン)、イズミ(youme-town)系は無いかな、と。ありました!尾道駅からバス停で2つ3つ目、歩いて行ける距離にあるイオン尾道店。重いバッグから開放されて足取りも軽く、11時47分、イオン尾道店に到着。

  火曜市は、明日開催ですね。

 イオン尾道店/裏口なのかな、午前だからかな、しずか午前です。

 店内案内を見てみると、うーん何度も上塗りされて(店舗が入れ替わって)いて、よくわからん。サービスカウンターで「自転車売り場はどこですか?」とたずねるも、「現在お取り扱いしていないんですよー」と。あらら、自転車売っとらんのか。たしかに規模は小さ目のイオン、仕方ないか。それでフジグラン尾道に電話をかけて自転車売ってるかを聞いたんだけど、ここも売っていないとのこと。なるほど、ならば絶対に自転車を売ってるトコってどこだ?自転車屋さんに決まってるやん。でも今日は連休中、休業は濃厚。あとはホームセンターくらいか、駅周辺にホームセンターがあるとは思えへんし… 早々に手詰まり。

 再びレンタルサイクル場へ。さっきの男性はおらんかったけど、いつの間にか長蛇の列が出現してる!レンタサイクルもずっと出たままではなくて、ぱらぱらとサイクリングを終えた人が自転車を返したり、他のサイクリングターミナルで「乗り捨て」た自転車がまとめてトラックで運ばれて戻ってきたりしててすこしは回転してる、運よければ乗れる(借りられる)みたい。しかし長蛇の列…。そうしたら、尾道のレンタサイクルターミナルは一番大きいけど、本州(尾道)側の起点なのでレンタル希望者が多い、需要と供給の関係がアンバランスなのが今日の状況なのかなと。それなら、いっそのこと向島(尾道至近の島)に渡ってしまって、向島のサイクリングターミナルに戻ってくる予定の自転車を借りればいいじゃん。即電話。島内に2ヶ所あるターミナルのうち、市民センターには戻ってくる予定の自転車は無いけど、マリンユースセンターというターミナルには15時から3台戻ってくる予定があるとのこと。決定、向島に渡って(ちょっと遠いらしいけど)マリンユースセンターまで徒歩で向かいましょう。でも海を渡る前に、向島を15時出発となると、夜間の自転車走行は避けられないよね。ならば、懐中電灯を買わなくちゃ。というわけで、片道1kmくらい?で12時41分、2回目のイオン尾道店へ。

  食品21時まで営業、長岡店は22時、勝ったー!

 2回目のイオン尾道店/午後になってもあいかわらず静か、しずか午後です。

 さて、電化売り場で懐中電灯(LEDライト)を探す。イオンブランド(いわゆる「T.V」ね)製は500円、パナソニック製は1,000円。どちらにしようかなー、まぁ道中の6.7時間くらい照らしてくれればいいのだから、ここは安いイオンブランドでいいよね。レジで「またお越しください」と言われ、いつも旅先の買い物では思うんよ、「もう来ることは無いけどねー」って。お店も買い物も一期一会ですな。イオンを出て、会社に電話。気になっている明日予定の現場を、出勤中の上司に確認・調整してもらってね。遠出もなかなか大変だけど、便利な時代になったものです。というか、逆に便利な時代だから、仕事が発生するんだろうけど。

 再び尾道駅前到着、コインロッカーから荷物バッグを取り出して、日焼け止めを塗っていざ乗船場へ。と、その前に、さっき買った懐中電灯(LED)の梱包をゴミ箱に捨てて行こうっと、少しでも身軽になりたいけんね。電池を入れてスイッチを入れて… 出た、ライトが点かんし!すっかり不良品だがね。なんだこれ。寝不足とはいえこの展開、マンガなのか?ゲームなのか?メッセージ:フタタビオウフクヤク2キロアルイテ、ヘンピンシテキマスカ? [はい] [いいえ]

 うーん、めんどくさいけど… [はい]で…。

  すっかり天気もよくなりまして、3回目。

 3回目!のイオン尾道店/もちろん静か、みなもとしずかです。

 13時22分、はい着きました、まさかの3回目のイオン尾道店。どうぞお越しください、またお越しください、またお越しました。三越やないで、イオンだもん。今回は重たいバッグを担いでの来店、腰にくるなぁ。同じ機種に交換して使えても途中でまた壊れるかもやけん、いっそのこと返品&500円足して迷っていたパナソニック製の懐中電灯(LEDライト)を購入。電池は何とあのエヴォルタですよ!初めから信頼と安定のパナソニック製にすればよかったなぁ、と後悔も、長岡に帰ったら職場の常備灯にすればいいもんね。それから店員さんの対応がよかったので、○。おれ、イオン好き。

 

 駅前⇔イオンで何度くぐっただろうか、山陽本線の地下通路。これから長いチャリ旅なのに、思わぬイオン3往復でかなりエナジーを使ってしまったなぁ。

 尾道港に向かう途中、こちらも3回目のサイクリングターミナルへ寄ってみるかなと。行列は劇的に短くなっているけど、まだレンタル待ちのお客さんが7、8人くらい。でもちょうど自転車を返しに来たお客さんもちらほら、たしかにもう13時を過ぎてるわけで、尾道やその周辺の島を回っていた自転車が戻りつつあるようで。ちょっと様子をみてみようかなぁ。待ち順列はこんな感じ→ �ー磴い�兄さん(1名) �⊆磴い�姉さんグループ(3人) ��おしどり夫婦?カップル?(2人) ��(かつての)若いお姉さん同士2人 �イ燭辰燭い淬紊い浸�(1名) …順列5位、しかも9人目となればまあチャンスは遠いね。

  貸し自転車在庫計4台[残り4台]。いま帰ってきたばかりの自転車は、優先順位�ー磴い�兄さん1人へ[残り3台]、あと3台のレンタル自転車があるねんけど、優先順位�⊆磴い�姉さんグループ3人のうち2人が2台を確保、もう1台が返却されるまでここで待つとのこと[残り1台]、優先順位��おしどり夫婦?おしぼりカップル?の2人は2台まとめて待ち[残り1台]、優先順位��(かつての)若いお姉さん同士2人はアシスト自転車?マウンテンバイク?系の自転車をご希望のようで、[残り1台]→�セ笋悄�まさかまさかの3グループ・7人抜きの超確変!こちらも状況がつかみきれないほどに、あまりにも急展開過ぎる大どんでん返しが起きたんです。

 なぜみなさんその1台を敬遠する!?って思うでしょ?その回りに回ってきた1台の自転車は、後ろに子供さんが乗るカゴ椅子付のいわゆるママチャリなんです。

  ちょうどイイ!にもほどがありますちょうどよさ。

 旅の相棒「子供乗車装置付自転車」/長い自転車旅が始まります。

 たしかに、格好も利便性からもあまり人気ないかもだけどな、後ろのカゴ椅子に荷物バッグを乗っけられるけん、思いもかけず実は私にぴったりな自転車(しかも3段の変速付)。やったね!2日分のレンタル料金(500円×2日分)と乗り捨て保証金(1,000円)の計2,000円を払っていざ出発!(正式名称は不明なので)「子供乗車装置付自転車」に乗るのなんて、保育所ぶり。ましてや運転するのは人生初なわけで。それがまさかここ、尾道でね。そして、イオンへの懐中電灯の返品があったからこそ、この千載一遇の絶好機会に恵まれたわけで。意外にこういうこと、あるんですよ私。マイナスからのプラス、海老で鯛を釣る、みたいな。いえ、小さなきっかけでそう思い込めるから、よくあると感じるんだろうけど。単純なんで。旅先、いえ人生、ホントに何があるかわからないものですね。

  むかいしまへむかいましま(た)。

 向島への渡船/おしゃれな形の船ですね。

 さて、無事自転車も確保できたところでいざ向島へ。尾道から向島までは国道「尾道大橋」という橋が架かっているんけど、歩道(自転車道)が無いらしく、渡船が一般的らしいの(事前にいちおう勉強しておきました)。乗船早々、乗務の(かなりかつての)お姉さんが、「どこから来たん?」「船長に言って上から写真撮らせてもらいーな」と。お言葉に甘えて、船上部から眺望、写真を撮らせてもらいました。短時間ながらもいろいろあって濃密な時間が過ぎた尾道、さらば。ここまでくれば、もうイオンに戻ることもありません。10分弱の航海、船長とお姉さんにお礼を言って、下船。

  思わぬ長居をした尾道駅周辺は、もうあんなに遠くに!

 本州側尾道を望む/やっと本州を離脱。

 向島の船発着所。瀬戸内では乗船も下船も日常。うちには船待ち・乗船だけでもドキドキなんやけど、この辺の人らは船が着く前から歩き出したり、エンジンをかけたり。とにかく暮らしの中に船が溶け込んでるって、画になるね。

  チャリ・バイクがいっぱい!

 向島の乗船場/15分くらい間隔で船が往来しています。

 14時02分、向島の船発着所出発。まずは向島と因島に架かる因島大橋を目指します。船発着所の周辺は住宅地で自転車に乗っているのは私ひとり。静か。たしかにこの時間から出発する人も少ないのかな。路面に「今治72km」の表示、72kmを自転車で行くって、どれだけ時間がかかって体力を消耗するのか、見当もつかない。一応事前にしまなみ海道を自転車走破した方々のブログやサイトで勉強したのだけど、みなさん本格的なバイクで駆け抜ける「ガチ系」で、レンタサイクル(ママチャリ系)で走破した方からの情報ってあまりないのね(探し方がわるいのかもだけど)。

 この自転車旅の目的のひとつは、「距離感覚」。「72km」とあって、どれくらいの距離と思います?私の周辺で言えば「だいたい長岡と湯沢間の距離かな」というのはあるけれど、それは車の感覚なのよね。ましてや仕事で現場に出なくなって早2年近く、その車移動の距離感覚すら不正確になりつつあり。実際に歩いたり自転車こいだりの「自らの足」で動いてみないと、その遠さってよくわからないもので。高3の時K坂くんと、(なぜか体育祭の前日に)通っていた高校から新潟駅まで歩いた15km。だいたい、「15kmって、あれくらいか」ってのもあるんけど、15年も経つとこの感覚も薄れちゃうのよね。そういうわけで、今回は「70km」とはどんなものか、とても歩けるとは思わないので、自転車で感覚をつかみたい。

 向島、緩やかな坂を上って下って、あれ、なんかおかしいな。変速するとチェーンから「ガラガラガラ」としっくりこないイオン尾道店もとい異音がするわけ。この先長いのに、不安を抱えつつペダルをこぐ。海岸線に出ると赤色の橋が出現。向島と岩子島を結ぶ向島大橋。調べたら1968年供用開始と、前記の尾道大橋もこの年に開通していて、向島・岩子島のかんきつ類農作物の本土陸送が可能になったのだとか。いまから半世紀近く前、しまなみ海道が開通する30年以上も前、架橋時代の幕開けだったんでしょうね。でもこれは渡らないのよね。

  結構風が強くて、天候も不安。

 向島大橋/赤いアーチ橋。向島と岩子島を結びます。

  吊橋。構造計算されつくされた、精錬された形なんでしょうね

 因島大橋/左が現在いる向島、右が次の島・因島です。

 向島大橋をくぐった先、はるか遠くに見えました、しまなみ海道1本目、因島大橋(1,270m)。橋の工法は「3径間2ヒンジ補剛トラス桁吊橋」ということで、なんだかよくわからんけど「橋(海)の途中に2つの主塔(柱)があって、3区間に分かれている吊り橋とトラス橋を合体した橋」ということかな。この橋は1983年12月供用開始、と。四国と本州を結ぶ「橋ルート」は3本あって、そのうち1999年開通のしまなみ海道(愛媛)はいちばん最後に開通するねんけど、瀬戸大橋(香川-岡山ルート/1988年)、大鳴門橋(1985年)と明石海峡大橋(徳島-兵庫ルート/1998年)、しまなみ海道最長の来島海峡大橋(愛媛-広島ルート/1999年)はいずれも吊橋工法、全部この因島大橋の吊り橋建造の技術経験を活かして架橋されたそうです。まさに時代の先駆橋ですな、因島大橋。このあたりに来るとサイクリストの姿もあちこちに。みなさん午前中からぶっ飛ばしてきたのか、海岸際で潮風に当たりながらぐったりさん。おつかれさまです。

  さて、三角形はいくつあるでしょうか?

 因島大橋を真下から/見上げれば大迫力です!

 さて、因島大橋を渡るには約50mを上らなければなりません。因島大橋に限らず、しまなみ海道の橋の下は海路で大きな船舶も通るので、全ての橋は高い位置にあるのね。従って、橋を渡る前には坂道を登らなければならないわけで、これが結構きつい。けれど絶妙に計算されてる傾斜なんだろか、なんとか自転車を降りずにぎりぎり坂を上れるくらいなのね。もちろんペダルはこぎっぱなし、変速ギアは一番軽い「1」ですが。

  いよいよ一本目の橋、どきどきします。

 因島大橋につながる短い連絡橋/この橋にも、お名前あるのかしら?

 上りきった先に、因島大橋につながるちいさな橋がひとつ、フェリーの渡船橋みたいね。たもとに料金所があるねんけど、バイク用(自転車は2016年春まで無料開放中)。

  × × って、山城新伍さんかよー

 因島大橋、因島方面を望む/いい写真が撮れました。

  地元の方にとって、雨天時にはいいランニングコースですね。

 因島大橋の内部/構造物の規則的な連続は、異次元空間にいるような不思議な感覚になります。

 因島大橋は上部を車道(高速道路)、下部が歩道・自転車道・原付道で、しななみ海道の諸橋で唯一の上下完全分離型。この景色、宇宙ステーション?多度津ゴールドタワーの内部?これ、なんとも喩えることのできん景色ですな。

  海は蒼いし、空も青い。

 因島大橋の途中/この景色は、瀬戸大橋線の車窓からの風景に似てますね。

 15時05分、因島上陸!さっき上った分、今度はどんどん下る下るー♪しかしブレーキも不調な自転車で、後輪ブレーキをかけると大きな音がするので、ほぼ前輪ブレーキのみで、ゆっくりゆっくり下ってくー(ゆず)。海岸線の道路に出てすぐに献花が。過去にここで自転車によって命を落とされた方がいたのだとか。その事故はレース中に起きた事故らしいけど、自転車。気軽で便利な乗り物だけど、歩行者にとっては交通凶器にもなり得るわけで、気をつけないといけない。来月からは自転車運転についての罰則も強化されるのだとか。

 いつの間にか雲も明けて、気温がどんどん上昇!うーん、頭にタオルを巻こう、上着を脱ごう、ズボンをまくろう。そして雨を覚悟して長岡から持ち込んだ雨具、すっかり不要になってうれしい(?)お荷物に。こりゃ日焼けは必至、来週は業界の表彰式があるんけどな、まあガングロイドで健康体をアピールしますか、でも肌が荒れるしなぁ。旅路、まだまだ先は長いけれど、ひとまず橋6本(厳密には10本)のうち1本を渡った安堵感からか、気合十分です。 

 次を目指すは生口橋。と、ここで突然チェーンから、聞いたことも無い大きな音が!ついにこわれ「かけ」にとどめを刺してしまったか!?!?…逆でした。しっかりギアにはまったようで、この先異音がすることはなくなりました。ラッキー!あいかわらず、いろんな意味でギリギリの旅路です。さっきの向島は、島内緩やかな坂道だったけれど、因島はかなり長く急な坂道あり。初めて降りて自転車を自転車を押し上がる。

  この頃にはすっかり雲も切れて、暑くなってまいりました。

 因島の道中/途中こんなのどかな地元道も。先の坂がきつかった〜

 因島、かなり栄えています!コンビニもエディオンもあるし、わざわざイオンで懐中電灯を買う必要はなかったね。

 チョーヨンピルさんの「プーさん港へ帰れ」が聴けるかも?!

 プーさんおるし、ミッキーも!(ミッキーはやっぱり、右キッキーなんですね)/何を歌うんでしょうか?♪私の私の彼はー

  ゴーゴンと合コンして石にされちゃったのかしら?

 向いの御民家には、プルート?グーフィー?がいました。あれ?18年前の内野まつりかしら、「�H屐▲亜璽侫�ー。」

 15時45分、さあ出現、生口橋(790m)。しまなみ海道の橋で唯一名前に「大」がつかない橋(「大三島橋」は、一応付いてるよね)。「3径間連続複合箱桁斜張橋」、1991年供用開始とのことです。「斜張橋」って名前は聞いたことがあると思います。吊り橋ぽいけど吊り橋じゃない、主塔から直接斜めに直線ケーブルが張られて、通行部分を均等に支持している橋(たぶんこんな感じ)。この生口橋は当初、橋脚を設けて架橋する予定も、橋脚設置予定の海底地盤が軟弱であることが分かり、代替として斜張橋構造になったそうです。なので海峡部分に構造物(主塔)は無く、陸地の海岸際に主塔が建ち、陸地と主塔間が極端に短い橋になったのだとか。でも、美しいね。そしてこの生口橋の斜張橋の架橋技術経験が次に目指す当時世界最大の斜張橋・多々羅大橋の架橋につながったそうです。架橋の歴史、何でも次につながる技術・経験値になっているんですね。

  ちょっとはずかしがり屋さんで、内股の「A」みたい。

 生口橋/たしかに陸地に主塔がありますね。

  すぐとなりは高速道路、ビュンビュン自動車が通ります。

 生口橋上にて��/なんだろ、斜張ワイヤーは仏様・お釈迦様の阿弥陀、御来光のよう。

  レーモンド松屋さんの歌、つい口ずさんでしまいます。

 生口橋上にて��/どこを切り取っても、絵はがきになりそうな風景です。

 16時00分、生口島上陸。生口島はずっと海岸線ロード、ほぼ平坦な道が続く。

  こう見えても「海を渡る橋」なんですよ。

 生口島から生口橋/「生口」と見ると、「生ロールケーキ」なのか?あまくてやわらかい感覚があることない?

 現われました、「多々羅大橋 10km」の看板。

  「サイクリングロード」、電話番号つけるなら、0120-319-610 かしら?

 多々羅大橋まで10.1kmの看板/「タラタラしてんじゃねーよ」ってなお菓子があったよね。

 途中、ジェラート屋さんがあって、たくさんのサイクリストや観光客が休憩中。さすが、しまなみを自転車横断した多くの人がブログにアップしているジェラート屋さん。でも寄らないのよね、その先のローソンでひと休み。おにぎり2つと500mlのペットボトル水、あとロッテの爽(アイス=前記のジェラート屋さんの影響)を買いました。旅するたびにそのご当地ものを食せばいいのだろうけど、ひとり旅ならいつも全国区のものしか買いません、食べません。旅後にいつももったいないと言われるけど、食にはあまり興味が無いもので。

  この看板、ルコックじゃないよ!

 ローソンの駐車場にて/となりはコメリ(新潟の企業)。

  南国リゾート風の木々。

 こんなリゾートみたいな道を行きます。

 遠くに若干、本州が見えるのかな。マツダスタジアムでは今日から巨人との3連戦、頼むぜ!(今日の決勝打…インフィールドフライ、笑いが止まりませんなぁ)

  白、青、橙  どの色のラインが一番、1mあたりの単価が高いのでしょうか?

 車道白線の内側に青ラインが引いてあるのがわかると思います。これがしまなみ海道サイクリングロードの目印。これを外れなければ、ゴールの今治駅まで着くことができます。小学生のとき、町内の自転車屋さんで自転車を買って、白線に沿って父がこぐ自転車を姉弟3人で一生懸命追っかけて走った記憶が蘇ります。

  生口島橋より、主塔が高いみたい。

 多々羅大橋/さっきの生口橋の反転画像じゃありませんのよ。

 17時10分、現われました!多々羅大橋。なんとも美しい斜張橋ですねぇ。

 「フェニックス」の名前がついた橋があるみたい。福井市のみなさま、すみません…。

 多々羅大橋の因島側主塔/フェニックス(不死鳥)って、こんな形かしら。

  お宅、オタフクのフタ置く?(回文ではありません)

 このように、しまなみ海道はどこの橋も専用道をひたすら駆け上がります。緩衝材にはスポンサーが。トライアスロンとかツールド選手になった気分ですね。

 世界にはいろんな立体交差がありますね。やっぱり道路と道路の交差が一番多いのかな?その次は鉄道と道路?広義には橋も船と車(人)の交差ですし、珍しいものでは新潟内野の新川と西川の立体交差… 数え切れない交差がこの世界にはたくさんあります。そこでこの立体交差、「珍百景級」じゃないかな?

 

 サイクリストの頭上を行くのは…

 立体交差/何が交差するのか、よく見てね。

 スノボとかラインスケートのレールではありませんよ。

 みかんモノレール!

 おもしろい立体交差/モノレール(台車)との交差を見てみたいですね。

 収穫用のみかん(レモン?)モノレールと自転車道の立体交差。この辺ではあまり珍しくないんだろうか?いやじゅうぶん珍しいっしょ。人が乗れーる、みかんも乗れーる、みかんモノレール。

  この形、「音叉」を思い出すことない?

 多々羅大橋/こちらは「内股」というより「O脚」ですね。こ

  不意に「愛媛」って見ると、「愛娘」に見えるよね。

 多々羅大橋上にて/二つの主塔には拍子木があり、「鳴き龍」というおもしろい現象を楽しめます。

 17時58分、多々羅大橋上で愛媛県に入りました。多々羅大橋(1,480m)は先ほどの生口橋と同じ「3径間連続複合箱桁斜張橋」、1999年供用開始。本四連絡道路計画では当初 多々羅大橋は吊り橋を架ける予定だったそうです。しかし吊り橋だとケーブルを埋設するためには山を大きく掘削しなければならない、瀬戸内国定公園に指定されているのでこの地区を大規模に掘削することは自然公園法で禁止されているとのことで、斜張橋建設に決まったのだとか。

  夕陽を受けて、ゴールドに輝く多々羅大橋。

 多々羅大橋と愛車/夕暮れ時は、ちょっと寂しい気分ですね。

 多々羅大橋を渡ると大三島。長い坂道を下って、道の駅「多々羅しまなみ公園」でひとやすみ。もう営業は終わったようで、ツーリング客とドライブ客数名がいるのみ。ここからの多々羅大橋が絶景ですこと、それとは裏腹に、そろっとおケツの限界。サドルにタオルを巻いて若干なりとも緩衝部分を増やしたら、これが意外にイイ!18時20分、5つ目の島・伯方島とそれに架かる4つ目の橋、大三島橋を目指して出発。そうそう、この近くにあるはず・・・ありました、「今治まで36km」の道路標示。

  これこそ「36協定」ですな。

 今治まで36kmの表示/だいたい中間地点です。

 最初に見た標示がたしか「今治まで72km」やったけん、ここでちょうど真ん中。やっと真ん中。日暮れはまもなく、どこまで行けるかな。大三島はずっと海岸線を通るのね、そして初めて左手に海を眺めながら。ふと後ろを見るとさっきまで渡っていた多々羅大橋がはるか遠くに!あんなに遠くから来たんや…いやいや、もっともっとずーっと遠くから来てるんだけど、目に見える限りでも移動距離を実感。普段気づかんけど、これを「日々の連続」に置き換えて、過去ってふと振り返ったりすると案外こんなもんなのかな。

  ♪アーチーチーアーチー 渡れるんだろうカー

 大三島橋/上空の飛行機雲の直線、アーチと手前の青ラインの曲線、美しい線のコラボレート。

 さあ見えてきましたよ、大三島橋(329m)。「単径間ソリッドリブ2ヒンジアーチ橋」という橋梁で、いわゆるアーチ橋ですね。しまなみ海道の諸橋で最も短いながらも、唯一のアーチ橋(国内最長)。しかも1979年開通ということで、本四連絡橋(尾道大橋を除く)では一番早く開通した橋とのことです。

  橋上の広い幅、でも車は対面通行で半分近くを歩・二輪道が占めていますね。  校庭にあった「うんてい」のよう。

 18時55分、伯方島上陸。そう、「ハッカッターの塩っ!」で有名な伯方島ですよ。この島もしまなみ海道通過部分は短く、わずか20分弱で次の伯方・大島大橋に到着。ここで取り出すは、あれほどまでに苦労?して手に入れたパナソニック製の懐中電灯。さすがLED採用&エヴォルタ電池、明るいね。もちろん自転車にもライトはついてるねんけど、昔ながらのタイヤに接触させるタイプの自発電なので暗いんよね。

 自転車。初めて乗れたのは2回目の引越しの後だから、小学校3年生頃だったかな、結構「遅咲き」。それまでは乗る環境がなかったのもあるかな、「なんで2個の車輪だけで倒れないで走れるんだろう」という、不思議というか憧れにも近い、「乗れない期間」が長かったからでしょうか、自転車が好きなんですよね。乗れるようになったらその反動で、小学校時は魚沼路をどこまでも行ってた記憶。大学生になってから、単車乗りの友人や四国(西日本)の二輪文化に影響されたか、普通自動二輪の免許を取って初めての5月連休に、このしまなみ海道を渡りました。当時のしまなみ海道は高速道路部分は橋とその前後の一部で、島に渡る度に何度も下ろされて、島内を走るわけ。学生時代はこの本州に渡るに、そして四国に戻るにこのしまなみ海道の他にも瀬戸大橋、淡路島・明石海峡大橋と3ルートを使っていたわけですが、このしまなみ海道はとにかく長い印象。そして、いつかこの島と橋を自転車で渡ってみたいと思い続けて、いまこうして14年越しの夢が叶ったみたい(半分おもいつきと、半分むりやりスケジュールだけどね)。それから昨年、通勤用に自転車を買ってから、毎日季節の風を感じています。こんな日常が、私を旅に誘うのでしょうか(狩人さんの歌詞にありましたね)。

 伊予国に入って、いよいよ暗くなってきました。

 伯方・大島大橋/伯方島の島内通行区間はあっという間でした。

 伯方・大島大橋(1,165m)、正式には伯方島と大島の途中に浮かぶ見近島を境に伯方橋(325m)と大島大橋(903m)に分かれていて、その総称を伯方・大島大橋と呼ぶようです。伯方橋は「3径間連続鋼箱桁橋」、唯一の通行帯の上部に主塔やアーチ部などの構造物が無い橋梁。大島大橋は「単径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋」、いわゆる吊り橋ですな。両方の橋とも1988年供用開始、瀬戸大橋が開通した年ですね。

  おかげさまで、明日も晴れそうです♪

 大島から、大島大橋/周辺には、夜釣の人が結構います。

 19時15分、大島上陸。この頃になるとサイクリストもツーリング民も地元民もすっかり見かけなくなって、あたりはすっかり暗くちょっと心細い感じ。本四3・諸島12、計15ヶ所あるサイクリングターミナルの終了時間は大体17時で(最長は20時)、自転車の返却は17時まで、また17時を過ぎると途中で自転車がパンクや故障などした場合の代替車の手配などが受けにくいので、17時以降のサイクリングは避けられがちのようだ。そんなこともあってか、極端に追い越し・すれ違いが少なくなる時間帯。だからこそ、ひさしぶりのすれ違い・追い越し際に「おつかれー」「がんばれー」の声を交わしたり、こういう時間もいいもんだね。

  とにかく前へ前へ…

 大島内陸の上り坂/かなり息が上がってしまいます。

 さて大島に入って15分くらい海岸線を走ったかな、右折して内陸部へ。いよいよ上り坂です。宮窪地区と吉海地区の境界=標高約75m(しまなみ海道の島内最高地点)まで、ひたすら登る上る昇る。20時00分、宮窪・吉海境界通過。このへんは真っ暗で、青ラインがなければ軽く迷子になってしまうわぁ。その後は吉海のローソンでおにぎり2つ買って晩ごはん&ひとやすみ。この時期、ローソンもセブンイレブンもおにぎり100円セールをやっていて、普段食べないコンビニおにぎりをたくさん食べる機会にもなりました。全国どこでも食えるけどね。さあ最後6本目の来島海峡大橋までもう少し、標高30mを上って下ったら橋が見えるはず。

  カメラ、もうちょっと勉強しておけばよかったな…

  暗闇に浮かぶ来島海峡大橋/夜景の撮影には不慣れで、下手っぴな写真ごめんなさい。

 20時30分、遠くに見え始めました来島海峡大橋。それまでの橋とは群を抜いて最長の全長4,105m。20時55分、だれもいない道の駅「よしうみいきいき館」から来島海峡大橋を望む、もちろん大島側の一部しか見えないけれど大迫力ですね。さあ橋まで50mを一気に上りますよ!ひたすらペダルをこぎ続けるループ道も最後か、と思ったら少し寂しい気もするけれど、四国が待ってるぞ。

 21時10分、さぁ着いた来島海峡大橋(4,105m)。この橋も正式には来島海峡第一大橋(960m、「3径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋」)、同第二大橋(1,515m、「2径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋」)、同第三大橋(1,570m、「単径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋」の3本から成る(全部吊橋ということやね)。橋を渡り始めてからも、今治方面へなだらかな上りが続く。今治市街の灯りが見えてきた!愛媛県民なら必ず知っているだろう「イマバリコクサイホテーオー(今治国際ホテル)」の灯りも見えてきました。

  この数秒後の、カメラを回収してる画像があれば傑作なのですが。

 来島海峡大橋を行く/サイトを借りてる負い目から、一応楽団のCMを入れてみました。

 記念撮影。

  途中で来島海峡に浮かぶ馬島に寄り道。

  安定のセンタースタンドが、助かります。

 馬島のエレベータ内/この空間で乗り合わせ・混雑したら、ちょっと気まずいですね。

 この光景も、あんまりありませんよね。川端康成先生なら、どう表現されたでしょうか?…エレベータを降りたら… そこはトイレだった。

  灯りがやけに暖かく映るのはなんで?

 馬島のエレベータ前/しまうまではありません、うましまです。

 ここ馬島では、来島海峡第三大橋の建設工事中の事故で作業員7名が亡くなっているそうだ。黙祷。 

 エレベータで昇って、さぁいよいよ四国大陸へ入るぞ!この辺の急灘(潮)は有名だけど、夜なので海はよく見えません。遠くに今治の街の灯が見える。感動ひとしお。学生時代に3回往復、敦賀から松山へ単車で18時間、川内の桜三里から見えた松山の灯(夜景)のよう。21時55分、四国上陸。この来島海峡大橋では、ついに1台の自転車・歩行者に会うことがありませんでした。ループ橋をゆっくり下って、一般道。ここから終着点・今治駅まで約6kmくらいか。今治に入ったら急に歩道が広くなり、自転車専用道も増えるのね。さっすがチャリの街、昼はサイクリストがバンバン通過するんでしょうなぁ。今治国際ホテルが近づいてきた、ゴールは近いぞ。

  JR今治駅、ついにゴールです。  ゆるキャラ界で模範・優等生のバリィさん。

  22時23分、ついに今治駅到着。尾道(向島)→今治 所要約8時間20分、今治のゆるキャラ・バリィさんが迎えてくれました。途中の島で野宿も考えていたくらいなんけど、意外に体力温存できたのか、自転車も不具合無くあっという間に着いたもんで。不調といえば、お尻と腰が破壊されたくらいか。さてさて、宿は…もちろんありません。というか、連休なんで予約も全部埋まってることだろうと、空室状況すら把握しとらんわけで。そもそも、天候次第の旅につき自転車でしまなみを渡れるかすら不明で、いつまでに宿に着かんといかんとか、この時間までに交通機関に乗らないかんとか考えながら旅するんは、時間・場所を制限・制約されてるみたいで本当に苦痛ね。なんで、この旅で予約したのは行きの長岡→大阪のバスと帰りの松山→大阪のバスのみ。あとは全てざっくりと脳内妄想にありて、「7日(木)朝に出勤」これだけ既定、旅程時刻帯はほぼノープランなんです。これくらい余白がないと、行き当たりばったりのテキトー旅はおもしろくないわけでね。

 せっかく今治という都市に着くことができたからに、流行の最先端施設・ネットカフェにでも泊まろうかと、電池の切れかかったPHSで検索。駅から4kmくらい、バイパス沿いに全国規模で展開しとるJ遊K間今治店があるみたい。乗りかかった船や、いや自転車や。さらに5km、10kmくらい楽勝よ。と、自転車をこぐことさらに1時間くらい、なかなか見つからないね。今治でサッカーの岡田元代表監督を見つけるより難しいのかしら?このまま北上したら西条まで着いてついてしまいそうなんで、引き返して再検索。フジグラン今治の中にもネットカフェが1件あることが判明、ここからまた南下してさらに海側まで戻るんか… もうここで寝ちゃおうかなぁ…でも夜が明けて目を覚ました時、行き倒れとまちがえた通行人から注目の的になっていると嫌やしなぁ(福知山での苦い経験より)。まぁ、大丈夫よ、もう10kmくらいは。おケツ崩壊中につき、ここからはほぼ立ち乗り状態。そんでさ、しまなみ海道とは違って街中の道やけん、小さな段差が多くてその度に腰に来るのよね、これが結構疲れるね。「フジグラン今治→(矢印)」の看板を頼りに、また1時間くらい走ったかな、暗闇に海のにおいがしてきました。そしてついに着きました、フジグラン今治内にあるネットカフェ屋さん(さすがに疲れて写真撮るのも到着時刻も店名も忘れちゃった)。最近のネットカフェはシャワーがあったり食事もできたりで便利なんね。しかし、食うよりとにかく眠い、PHSを充電して即行就寝…zzz 70km(しまなみ海道)+20km(今治市内)のチャリ旅、あっという間でした。若干腰角度ありのソファーで就寝(ソファ寝、昨夜はソミド寝(ちょっと急角度)で。ソソソ寝(水平寝)できるのは、いつかしら)。

 

 5月5日 朝8時起床、ぐっすり熟睡しただけあって、回復回復!

  ボウリング場もあったんですね!

 フジグラン今治/木の高いこと、凧が引っかかったら取れないね。

 9時開店のフジグランでお土産買って、宅配便発送。便利な時代になりましたね。「♪あなたは夢をくれる人〜」のフジソングを聴きながら10時、フジグラン今治を出発。と、目の前にどこか見覚えのあるマーク(ロゴ)の看板があるじゃないですか!

  こういうデザイン、好きだなぁ。

 テクスポート今治/花札の「月」のよう。海に太陽かしら。

 いまや国産最高級品タオルとしてブランド化された今治タオル、その工業施設のようだ。実は今治は学生からの友人てちゃんが住む町で、今回会いたかったんけど4月に連絡したら彼の連休中は大阪旅行とのことで、まさかのすれ違いで残念。そのてちゃんはタオル会社に勤めとるんですよ、今話題の今治タオル。そこにてちゃんが絡んでるなんて、うちも鼻が高いわ。

  斜めマジックに、びっくりしてる(びっクリステル)?

 今治城/人も物も、斜め45度からの被写体が、一番美しいそうですよ。

 今治城を横目に…いや、横目に通り過ぎるにはもったいないから写真を撮って、立派な城ね。天守からの眺望は絶景なんやろうなぁと、後ろ髪引かれる気持ちで自転車をこぐ。PHS落とす、画面が傷つく、スマホにしてなくてよかった記念キズ。そうしたら前記の今治国際ホテルが目の前に出現!ここも天守もとい最上階からの眺望は、それこそ絶景なんやろうなぁ。学生の頃だから、もう15年くらい前になるだろうか、天気予報の後ろ映像で今治国際ホテルが出ていたような、というわけで、今治国際ホテルは愛媛県民ならだれでも知ってるはずなんね。

  こんなに間近に見たのは、初めて!

 今治国際ホテル/街中、どこからも見えます。

 自転車で昨晩に続いて再度今治バイパス方面へ、行き先は昨夜見つけられなかったJ遊K間今治店の再捜索、じゃなくて四国霊場第56番札所 泰山寺(泊まったネカフェのPCで検索したところ、当該店は2008年に閉店していたそうです)。

  お遍路、いつか回りたいと思い続けて、もう15年。  弘法筆を選ばず、と。コボちゃん朝刊を選ばず、と。

  泰山寺境内と弘法大師/お遍路さんの姿もあちらこちらに。

 2度道に迷って市民公園にまで紛れ込みながら着いた泰山寺。きっかけは職場の同僚さんのお話から。息子さんがおケガをされた時に、四国札所のお寺の「飲む御札」をその息子さんに飲ませたら、跡も痛みも残らずすっかり治ったというお話を伺ったことを思い出して、目的はそのお礼参り。この泰山寺には飲む御札があって、しかし飲む御札は四国八十八箇所に限らず全国にあるようで、おそらくここでは無いかなぁとは思いつつ、八十八箇所のお寺さんであればきっとお礼も伝わるはずと思ったの。会ったことも無い息子さんのご回復を、全くの赤の他人の私からのお礼に「同行二人」の弘法大師さまも戸惑われたことでしょうが、遠い地の前途有望な青年を助けていただいて本当にありがとうございました。

  で、この画像が「shima-56.jpg」と(偶然)。

 そんなことで僭越ながらお礼を終えたところで11時05分、泰山寺を出発。休日や旅先で仕事のことを思い出すのは何か損した気分だけど、こんな遠い場所で会社の人のことを思い出せるきっかけがあるって、なんだか得した気分よね。それも含めて、ご利益と言うんかな。

  え!?もちろん「ジャスコ」でしょ?

 またまたまたまたイオン/今日は火曜日、ジャスコ火曜市。

 さて、自転車は再び今治駅方面へ。途中イオン今治店が見えました。懐中電灯を…しつこい?途中で町内の子供神輿をみかけたり、高校野球の強豪・今治西高野球部の活発な声が聴こえてきたり、メインから一本外れた小路に入り込んで、旅先でこういう「日常」に溶け込めるのって、徒歩とか自転車のよいところです。

  新しいお家が多いですね。

 住宅街で子供みこし/ワッショイ!!のワンショット。

 今治駅近くの天然温泉キスケの湯に到着。昨晩も前を通ったけど、札止めまで15分やったけん、今日あらためて。たくさんの種類の風呂場があるけど、とにかく足を伸ばして入るお風呂は、生き還るよねー。ところで「キスケ」といえば、石野真子さんがCMに出ていたけど、いまはどうなんだろう。

 今治駅付近で確かめたいことがあって。昨晩は暗くてよくわからなかったけど、しまなみサイクリングロードのゴール付近はどんな感じ?あらら、意外にシンプル。「おまえん家、案外フツーだなー」(徳島製粉)

  最後はピンク色になるとか、点線でフェードアウトするとか、ちょっと期待してたんだけど。  スタート地点も、まあシンプル。道の先頭なのに「尾道」とはこれいかに?

 そんなことしてたら、偶然に、てちゃんから電話が。てちゃん家族で、ちょうどわか(これまた学生時からの友人)家族と一緒に大阪の遊園地におるんだとか。5分くらい話したか、友人不在の地で思いがけなく電話から聴こえる友人のなつかしい声に、そして偶然に不思議なつながりに、うっかり涙が出そうになりますて。そんなことで、旅の疲れもすっかり吹っ飛ぶよね。

  サイクリングターミナルはこの裏側にありました。

 今治駅/昼と夜では表情が違うものですね。

 サイクリングターミナルに到着。こちらのターミナルもひっそり=自転車ガラガラ=利用者バンバンの大繁盛のようで、係員のご夫婦?と「この(子供乗車装置付)自転車で渡って来たん?」と驚かれ、しばし談笑した後、自転車を返却。ほぼ丸1日の旅の相棒、ちょっと別れ惜しい感じ。

 今治駅を13時すぎの普通列車に乗って松山へ。30分後の特急より若干早く着くみたいで、ラッキー。できれば、鈍行列車で地元の方々に混じってののんびり移動が旅の醍醐味ですよね。車窓から見える瀬戸内海と小さな島々、いつ見ても変わらず、おだやかで。

  松山の玄関口、でも市駅の方が大きくて立派。

 松山駅前/正面はハタダ御栗タルトの看板。楽団うちの大学には、御栗タルトを持ったキャラクターがいましたね。

  

 14時10分、着いたぞ松山。駅は相変わらずだけど、2階のお土産屋さんが100円ショップに変わってて驚く!「そば焼酎雲海」のでっかい看板が無くなってて、驚く!バッティングセンター「駅前スタジアム」はそのままで、驚く!そして、フジグラン松山に直行。目的は、自転車でも懐中電灯でも無く、これからお伺いするお宅へのお土産と新しいマイサンダル購入。自転車旅では荷物&食品は悪くなるから、手土産は現地調達と考えてたわけで。ちょうどいいのがありました、尾道から今治まで、みかんやレモンとか、しまなみ名産がクッキー(?)になったお菓子。そしてサンダル、しまなみを渡ってきたサンダルはちょっとくたびれちゃったみたいなので、いっそのこと新調、昔の記憶を頼りにさくさく3階靴売り場へ。まさかここで十何年ぶりにサンダルを買うとはね。「ここで履きますから」と、レジ前で履き替えて歩き出す。おかしな客と思われたかしら?そうしたらお財布の小銭をぶちまけちゃって、付近の子供さんが手伝って拾ってくれました。「すみません、すみません」汗汗汗。近々、お財布も買い換えなければだね。

  「SINCE1989」と。26年前、すでにこの大規模店舗を構えていたとは!  帽子のお方、「整いました」の相方さんのような気もするけど…

 フジグラン松山/何かテレビで見たことあるような芸人さんが出演していました。

 このフジグラン松山は街中にある大きなショッピングセンター。もう16年も前になるのね、1999年秋に大学受験での初の遠路一人旅、そして初めて四国に上陸して、「四国って、でっかい!」と驚いたのがこのフジグラン松山なのよね。そりゃ四国は日本国で4番目に大きい島だもの(たぶん)、たくさんの人が住んで生活しているのはあたりまえなんだけれども、越後の17歳にとっては遠い遠い島のこと。当時四国でイメージできたのは、瀬戸大橋(関空、青函トンネルと並ぶ、小中高の地図帳に載っている巨大構造物)、みかん(愛媛みかん、ポンジュース)、八十八箇所(三十三観音みたいなもの?くらいに、何をするかはよくわからなかった)、瀬戸の花嫁(小柳ルミ子さんの離婚騒動、スポーツ紙に「瀬戸際の花嫁」とか見出しが出てた)、松山ホステス事件(時効直前の逮捕)くらいなもので(当時うどんはあんまり印象に無く)、「いま四国にいるんだ!」と見るもの全てが新鮮で、失礼ながらに「こんなに栄えていたのかー!」って、あたりまえだけど四国にも日常の営みがあることに感動した(こんな常識知らずのばかで、よく大学に入れたよね)。そしてフジ(Fuji)自体、そのロゴ(字体)が独特でアラビア語かと思ったくらいで、「四国の人たち(松山市民)」がお買い物をする「フジグラン松山」、日本の大きさを教えてくれたその鮮烈な感動はいまも薄れないのよね。

  迷路、アラビア文字、80年代のコンピューターゲームみたいな。

 フジのロゴ/この独特な文字体に、インパクト大でした。

  地下道は埋めちゃったのかな?

 古町駅/市内線と郊外線の乗り換えができる駅。

 無事、地元民っぽいお買い物終了。これから合流する予定の山口帰りのしげさん夫婦が乗ったフェリーが遅れてるとのことで、もう少し時間があるかな、古町駅から城北線、松大・愛大をかすめて上一万回りで大街道へ。見慣れた懐かしい景色にいろんな思い出が蘇る、そして空き地が増えたような。そして大街道入り口、工事中。なんでも、お隣の旧ラフォーレは取り壊され、高層ホテル(?)新築中。街は変わりますね。

  四国一繁華な商店街の入り口には、狭すぎる。

 ロープウェイ街側の大街道/工事中…ある意味ベストタイミングに来松したなぁ。

 勝山通りでしげさん車待ち。あぁ、勝山町って松山ホステス殺人事件があった町だよなぁとか思いながら、あの時効寸前の逮捕劇が、当時高1ながらかなり印象的で。容疑者が刑事に囲まれながら岡山駅で瀬戸内海線で乗り換えた時のマスコミ関係者でごった返す岡山駅構内の混乱ぶりの映像(…なんで車で移動しないんだろう?)。時効前に逮捕されても、起訴されるまで時効は停止されない、刑事訴訟法(…じゃあ、グリコ森永事件の時効=日付が変わる瞬間をニュースで流してたけど、実質的にはもっと前に時効を迎えてるんじゃん、公訴時効の時計の映像って所詮セレモニーくさくね?)、そんなひねくれた疑問が、奇しくも法学部進学へのきっかけ。結局、4年間で、南の反対は北で、西の逆は東ということくらいは方角部で覚えたけれど、「家宅捜索」と「やわらかく捜索」のちがいとか、「違憲立法審査権」はいつになったら「イケる立法審査権」になるのかすらわからなかったけどね。そんな反省をしてたら、あこさん運転のしげさん夫婦車が到着。拾ってもらい、ご愛息はるくんと初対面。見知らぬ汚らしいおじさんに驚きわめくことも無く、いい子だね。あこさんのご実家で、あこママさんにお会いし、昨年お亡くなりになったあこパパさんのお仏壇にお参りさせていただきました。まさかあこパパさんとこんな形でお会いすることになるとは。またきっと会えるって確信なんて不確定なもので、そしてさびしいものですね。越後からしまなみ海道を渡ってきた積み木、はるくんがすっかり気に入ってくれました。これまたしまなみを渡ってきた学生時代のアルバムをなつかしくみんなで見つつ、1時間くらい談笑しただろうか。

 そして、あこさん、しげさんに「そのバッグ、もしかして…」と言われ、そうです、学生時代からの現役で使っているバッグ。15年以上使っていて、布地は一部ぼろぼろなんだけど、何でかつい使い続けてしまう愛着のあるバッグなんですね。さすがに限界に近いので、今回はそのバッグの卒業旅行と思ったんだけど、この旅でさらに愛着が湧いてしまいますね。

 しげさん夫妻の新居へ。いつの間に家を建てたんすか!と素敵な白いお家に驚きましたて。加えて、これから家を建てるというあこさんのご友人夫婦がご来宅。内覧会の始まり始まり〜 来客+内覧会の状況に、トイレに行けないしげさんが印象的でした。第2子ちゃんの誕生、楽しみですね。  

 ここであこさんとはるくんにお別れして、しげさんと再び大街道へ向かうべく、まずはバス停に向かう。途中、あぜ道でショートカット近道したりレンタルDVDを返却したり、地域の生活に馴染んだ徒歩移動。「○○交差点付近での渋滞のため、運行が予定より5分遅れています」「○○交差点で渋滞しており、△△発のバスが追いついてしまったため、通常のバス停の停車位置より前の位置に停車します」とか、やけに丁寧なアナウンスを入れてくれる運転手さんのバスに乗って、15分くらいで到着。松山で暮らしていた頃は、あんまりというか全くバスに乗っていた覚えが無いな。学生時代の市内移動手段は専ら自転車で、アパート⇔大学も3分くらい、「ど〜なってるの!?」の第1話目の再現映像を見終わってからも2限目の講義(10:15〜)に間に合ってしまうという、もちろん繁華街の大街道・銀天街も近くて、お城を中心に生活圏が集約されている、それがこの街・松山のいちばんいいところかも。

  この雰囲気、いいぞいいぞ!

 銀天街側の大街道/そうそう、この文字体(ロゴ)こそ「okaido」(オカイド)。

 大街道・銀天街側入り口から大街道を縦断、街・店・人は活気がありますね。再び、ロープウェイ側の入り口に到着。すでに同期のなべちゃんが来ていました。ちょっとしたらはっせーさんも現れて、お仕事で遅刻のまっきーさんを除く4人揃い、そして何もこだわり無く近くの居酒屋さんへ、だれも飾ることなく一瞬で学生時代に戻れるようなこの感覚、好きだね。近況おしゃべりからエルバン洗脳に始まるソワレ(大学の部活)での出逢い、2001年夏の岡山、4階の窓無し「独房」、ソワレ杯での激闘、5分だけSuperfly、源氏“Final”で封印とみせかけてからの源氏“Forever”… 話題は次から次へと、もうザックザクで。そして誰が言ったか、「みんな仲良くなかったけんねー」と、一同大きくうなずく。なんだろ、当時はみんな若くてメラメラ・ギラギラしてて、熱意も志向も楽器経験値も好みの音楽ジャンルもバラバラで。ただ単純に楽器やりたい連中が集まって、だれに気を使うわけでもなく好き勝手に吹いて打って弾きまくってた感じ。かつて一世を風靡したビッグバンドの名門ラ・ソワレにありて、当時のうちらの世代はOBさんたちも目を背けるくらいの規模も技術も壊滅的な底辺状態、加えておとなりにはビッグバンドの優等生・愛大ソリューさんがおるという環境。でも、みんな人三倍くらいの負けず嫌い揃いで、そして音楽と感動に餓えていたから、だれもが心中では共通して弱小ソワレなりにできることを模索して、出した答えは…人四倍くらいの猛練習と人六倍くらいユーモアに満ちたロックや和製ジャズの「色物路線」。Cベイシーやネスティコのビッグバンドの常道を堅持しつつも、「少数精鋭で中四国の学生ジャズ界に一泡ふかせたい」ってゆがんだいたずら心から、東京ユニオンやスペクトラムに手を出したことで生まれた全力演奏「爆奏」といただいた数々の大ウケ絶賛。好意的な意味で、皮肉にも当時「仲良くなかった」からこそ見えてきたものがあって、その延長に いまこうして不仲を笑えたり、また必ず爆奏しようといまでも心わくわくできたり、こうして自然体で会えるんかもね。だから、ソワレの「底にいた、底を打った」ことだけが自慢の粗末な我ら世代限定の「ラ・ソワレ」ブランド=「羅・粗我」はいつまでも大切な名前。

  表(裏)面は生協の「教科書購入申込書」でした。結局教科書は買わなかったみたい。

 学生時から愛用の楽譜帳/近年では劣化が激しいため、透明ケースで保護済。

  メール2万通のまっきーさんも合流して(パンツくれました)、なつかしの三越前のライオンで記念撮影。頼む前から通行人が写真を撮ってくれたり、なかなかはずかしいけどうれしいもんだね。そして飲んだ後は、ソワレ恒例というかむしろ愛媛恒例パターンの飲み会後の「甘味締め(ケーキ食)」。スタバさんでケーキ食べました。いまでも違和感あるケーキで飲み会を締めるこの流れ、でもなつかしかった。みなさんに見送られ、23時10分発の大阪行き深夜バスで松山を離れる。本当に楽しかったなぁ。パワーをもらったなぁ。

  座席はカーテンで仕切ると、個室みたいになるのよ。

 阪急梅田駅/ピンクと水色のラインは伊予鉄の高速バスカラー。

 5月6日、早朝2日ぶりの大阪着、帰路。ここから普通列車で4回乗り換えて名古屋へ。名古屋からは新幹線、でも一番遅い各駅停車の「こだま」。どこかの漫才で聞いた覚えがある、「せっかく同じ料金払うんなら、長く乗ってな損やろ」と。そういうことではないんけど、名古屋発のこだまは、どんなにガラガラやろうかと。

  井村屋あずきバーの日は7月1日なんですって。すっかり1月68日だと思ってたなー。

 名古屋駅の井村屋広告/「おいしい!の笑顔をつくる」井村屋さんに笑顔をつくらされ、今日も得した気分♪

そんで、三河安城とか新富士とか、のぞみやらでは超高速で通過してしまうレアな途中の駅も見てみたいしな。期待通り、自由席でも車内はガラガラのんびり、GWとは思えんくらいの空間でな、そして途中駅ではどんどん追い越されること。いいよね、時間的に優雅(?)なこういう旅も。車窓からは富士山も見えました。

  迷路、アラビア文字、80年代のコンピューターゲームみたいな。

 フジさん/見慣れたスーパーの… まちがえました!

  その手から、その手にフジ〜

 富士山/高速移動中の新幹線から撮ったら、墓地が映り込んでいました。

 13時00分着きました、新横浜。ここで下車は、横浜スタジアムでサッカーJ1第10節横浜対名古屋の観戦。まず探すはコインロッカー、荷物を入れて身軽になりたい。駅構内のコインロッカー、これがどこも満員ですねん!上階の店員さんに教えてもらったコインロッカーは、冷蔵仕様…無理無理!そんであちこち歩いて歩いて、地下鉄ブルーラインに大規模個数のロッカーがあるとのこと。行ってみるも、全部空いてません。こうなれば根競べ、ってちょっと待っていたらロッカーを開ける男性が!尾道の自転車ターミナルの再来か、意外に回転してるよう、ラッキーでした。他にも空き待ちの人がちらほら、コインロッカー。もう少し、いや、もういっぱい増やしてもらえないものでしょうかねー。ともあれ身軽になったところで地上に、その前に、「マリノス神社」なるものを発見。あれ、あと1時間で試合開始なのに、願掛けどころか写真撮ってる人もおらんのやなぁ。願掛け神社というより、壁掛け神社といったところかしら(ドラえもんのひみつ道具にありそう)。

  あれ?2D(二次元・平面)神社?

 マリノス神社/鳥居は鳥居(トリ)コロールじゃないのね。

 11年のゼロックス・スーパーカップ制覇以来の日産スタジアム。アウェイ(名古屋)ゲート前で高校の後輩・そーやんとその奥様と待ち合わせ。4月、東京で興味のあるプロオケのコンサートに向かう途中、車窓からそーやんの職場が見えたわけ。そんでその日の帰路、それまで不甲斐ない試合が続いていた名古屋が広島相手に快勝したものだからうれしくて、久々にそーやんに「勝ったね」とスカイツリーの画像を添付してメール。そしたら、そーやんはさっきまでいたコンサートホールから5分のところに住んでいるとのこと、ぜひ5月に会おうと、結婚もしてると!!!の連続やったけど、彼らしいよね。12年8月の神宮球場以来やけん3年ぶりのそーやん、そしてどんなに素敵な奥様かしらと、どきどきわくわくしながら、旅中で読もうと思ってたけど全然ページが進まない文庫を読みながら夫妻待ち。現れました、そーやん夫妻、お久しぶりと初めまして。奥さんのあこさん、予想通りに素敵な方で、さすがはそーやん(←ひげがボウボウで、そちらに驚きましたて)。で、あこさんはうちと同い年とのことで、遠いけどこういう共通点がうれしい。小1の冬に元号が変わったとか、中3のときにSMAPの森くんが脱退したとか、高校時代はポケベル→PHS→携帯の転換期だったとか、どこで生まれ育ったとしても同い年ならたぶんそのあたりの記憶は共通するんだろうなぁとか思って、一方的にうれしくなってしまうわけ。そして、名古屋グランパスという共通点。これだけでも、お腹いっぱいだね。

  ここ数年、名古屋は相性悪いのよね。

 日産スタジアム/国内最大の競技場。

 試合は… まぁ不幸にも10人で戦った結果というか、完敗・残念ということで、ここでは割愛。ピッチから、人もまばらになったアウェイ・名古屋側を、というかばっちりうちらを撮っているカメラが1つ。カメラマンが手を振ってたので振り返したりしてたら、スカパー(?)でゴミ拾いをしている私たちの画がすっかり抜かれていたようです。

  名古屋側の「敗北感」シーンを狙っていたのでしょうか。

 手前のお子さんが、お母さんの胸で泣いているようにも見えたり?

 東京駅に移動して、3人で構内の北陸料理屋さんで夕食。祝勝会、とはならなかったけれど、いろんな意味でお祝いの会になりましたね。おいしいものに弾むおしゃべりは、おふたりの馴れ初めからグランパスのこと、仕事の最近は、恩師のこと、楽団うちの大学のこと…最近は楽団ブランドで本を出したり小物を作ったり、アイディアあっても製作が間に合わなくてなんて話をしてたら興味を示してくれて、さすが6年も前に楽団CDを手がけたそーやん、ものつくり=形になる楽しさを知ってるのね。ついでを言えば、彼が6、7年前にくれたプリンタはいまも製作の中心で、フル稼働中なのですよ。現在の楽団の形態に落ち着いて、いまも内からの不作の声はあるけれど、地に落ちた楽団ブランドだからこそできることと、ユーモアを共有できる存在があることを本当にうれしくそしてありがたく思う。長岡に戻ったら、早々にグッズの増産だ、キリンさんだ。

 たくさんおしゃべりできて、まだまだしゃべりたりないけれど、新潟行きの終電1本前の新幹線で東京発。改札手前まで見送っていただいて、ごちそうにもなって、あこさんの地元のおみやげもいただいて、もう胸いっぱいで。新幹線なら東京まで2時間、会いたい人がたくさんいる街・東京とその周辺。その気になればいつでも会える距離ではあるけれど…とか考えつつ、たくさんの人のことを思い浮かべながら長岡到着。

  長岡駅にて、寝過ごさなくてよかったー

 バス、車、電車、新幹線、船、自転車、徒歩…航空機とトローリーバス以外の交通手段を全部使った旅が終わりました。

 3日間、天候にも恵まれて、たくさんの偶然も重なって、その先には簡単には表現できない充実感。この旅で出逢った、そして思い出したたくさんの人や想い出から、いっぱいパワーをもらってハッピーな旅路でした。きっと明日からは不幸だろうな。

 …と思ってたら後日のこと。ある大切な方にお渡しした四国のおみやげ、そのお返しということで新しい素敵なバッグをいただきました。よろこんでもらえるようなおみやげでは無かったことに加えて、お返しをいただくなんて夢にも思ってなかったわけで。しかもそのバッグ、前述の今回の旅を「卒業旅」にするか迷っていた15年間使っているバッグとそっくりで!古いバッグに合わせて似たものをどこかで見つけてくれたんだーとよろこんでいたら、そうではなかったらしく(「15年バッグ」は見たことも無かったっぽい)。これまたただの偶然だとしても、その方のセンスとセレクトがうちの愛用・嗜好とぴったり合ったことが、驚いたと同時におもしろくてうれしくて。やっぱり魔法がつかえるみたい。また15年…20年、いやずっと使い続けたいな。

  いろんな人に聞かれたりほめられたり、すっかりお気に入り。

 (左)新バッグ、(右)現バッグ/兄弟のように、そっくりすぎませんか?

 いいこと、あるね。新しいバッグで、また旅に出たくなりました。でかけましょ。

 

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